同窓会会長活動報告
青森県支部同窓会
城西放射線・医療同窓会(JJN同窓会)
会長 武田一臣
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| 25年ぶりに同窓会を立ち上げ、その青森県の2代目支部長に就任された市川敏夫さま。 (1973年卒 放射線第1回生 十和田市立中央病院) 今年6月に本部(東京池袋椎名町、城西放射線技術専門学校)で開催された同窓会・総会に出席されたご縁で、青森県での支部活動の再開をお約束してくださいました。帰省後すぐに8月、25年ぶりとなる第4回臨時総会を開催されたそうです。そして今日、第5回目となる青森県支部同窓会・総会が開催される運びとなりました。今日は平成22年11月7日(日)です。場所は青森県の奥座敷と呼ばれる浅虫温泉の、ホテル秋田屋でした。 この日は午前10時からの開催となっておりましたので、当日の移動は無理でした。前日の土曜日からの出発です。土曜日の午前中は私の地元、北本市内の町内会役員会を済ませ、午後から大宮駅に移動して新幹線に乗りました。12月4日から『東北新幹線青森開業』と銘打ったチラシが多々見かけるなか、終点の八戸を目指しました。そして乗り継いでの目的地は、宿泊ホテルを予約した青森駅でした。遠かったですね、初めての青森は。電車の中では、ただひたすら座って、じっとしておりました。車窓は漆黒の暗闇なんですよ、なにも見えませんでした。 |
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さて、気を取り戻して原稿を続けましょう。今回の本部からの参加は学校から鎌田事務長と唐沢宏先生、そして同窓会からは私です。あわせて3名での出席となりました。翌朝、市川支部長からの携帯メッセージで、迎えに来てくださるお知らせがありました。待つこと40分、迎えの車に乗せていただいて車で約20分間の旅、やがて会場となる浅虫温泉に到着致しました。ホテル秋田屋の1階フロアには歴史を重ねた旅館だと思わせる『大きなねぶたの飾り物』や、骨董品が鎮座していました。会場の2階に案内されると、広い大きな畳のへやに通されました。お膳がずらっと並べられています、これまでの地方支部会とは全く異なる雰囲気でした。携帯の時計を見ると午前10時と表示されていました。 定刻を少し過ぎたところで同窓会・総会が始まりました。総会と呼ぶにふさわしく、会員名簿やこれまでの会計報告の資料などが配布されました。まずは青森県支部の会則について話し合いました。第一章の総則からはじまり、第五章の会計まで、きちんとした会則案ができあがっていました。総会が終わってからありがたいなと思ったことは、副会長二人枠のところを今回はひとりにとどめたことでした。今後将来に渡って理学・作業の同窓生、そして来春世に出てくる日本医療科学大学の卒業生のためにも、副会長の一人枠は空席にしておきたいという市川支部長のご配慮でした。将来の青森県支部同窓会の発展に目線を合わせた、強いメッセージを感じさせていただきました。 |
| さて25年ぶりということでしたが、最初に立ち上げた先輩がいらっしゃるはずです。その大先輩はと探しました。いました、いました。その方は佐藤亘初代支部長さんです。(1962年卒 レントゲン第1回生 青仁会 青南病院)) 今日初めてお目にかかりましたが、温和なお顔でニコニコとお話してくださいました。まだまだ、お元気なご様子で、本日の同窓会開催を、大変喜んでくださいました。本当にありがたいことです。今後も益々お元気で、青森県支部の発展にご助言をお願いしたいと思います。 本日決まった大まかなことは、総会は2年に一度開催する。会費は集めず、会合の都度集金する。次回は一泊して懇親を深めたい。来年は日本放射線技師会が青森で開催されるのに合わせて、同窓会を検討したい、などでした。 市川支部長はじめ、青森県支部の同窓生の皆様。急に決まった同窓会でしたが、大変楽しいひと時を過ごさせていただきました。慣れない準備で、さぞかし大変だったことでしょう。ありがとうございました。私は同窓会の活性化を目標に掲げています。引き続きお声を掛けてください、先生方と一緒にどこへでも飛んでまいります。 来年度からは同窓会の名称が変わります。JJN同窓会です、どうぞ宜しくお願いいたします。 |
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